This is a Japanese translation of “Week 3: How do you form beliefs?”
❗ 今週の練習問題は、第2週のディスカッションセッション終了後すぐに始めてください。
今週は、私たちを取り巻く世界についてより明確なイメージを持ち、自分自身と自分の仕事、その両方のためになる思考を向上させるプロジェクトについて議論します。このプロジェクトがなぜ重要なのか、その論拠を評価し、このプロジェクトに期待する理由をいくつか検討してから、次のステップを考えます。
効果的利他主義のプロジェクトは、世界をよりよくするための行動を起こすために、世界をより明確に把握しようとするものです。「今、どれだけの動物が苦しんでいるのか?」「今後50年の間に、どの国の文化が他国に広まり、そこでの努力が倍加する可能性が最も高いのか?」「今世紀中に存亡破局の可能性をどれだけ減らすことができるか?」といった問いは、先週議論した価値に関する問いというよりは、むしろ世界とその中で起こることに関する問いです。このような問いに対して、できるだけ真実に近づくことは、私たちが目指しているインパクトを実際に与える方法を考える上で不可欠です。もし、企業を対象とするケージフリーキャンペーンをどの国で行うかを決める必要があるのなら、次のような問いに答える必要があります。「ケージ飼育された鶏が最も多い国はどこか」「キャンペーンに最も従順な企業はどの国か」「この国でキャンペーンを行うにはどれくらいの費用がかかるか」。
しかし、これらの問いに答えるのはは難しいものです。 私たちは信じられないほど難しい問いに直面しているだけでなく、偏見に悩まされ、(予想通りに)過信し、集団思考(groupthink)に陥りがちです。また、社会的な構造により自信がない人や、間違うことを恐れて推測をすることから逃げている人もいます。しかし、世の中で起こることを予測する際に、素晴らしい実績を上げている人たちがいます。もしこの人たちが偏見を克服し、思考を改善することができたなら、私たちにもできるかもしれません。
思考を発達させることは、とてもワクワクすることでもあります。今週の課題文献では、このスキルの開発に取り組むことが良いことをする上で非常に役立った、やりがいがあるものであったと感じた効果的利他主義者たちのエピソードや事例を紹介します。また、次のステップとして有効なものをいくつか紹介し、それぞれの提案の利点と欠点、そしてあなた個人にとってどういう意味を持つのかについて、セッションの中でじっくりと議論します。
また、今週は、日記を書き、自分の思考プロセスや偏見に気づくことに焦点を当てた練習問題も用意しています。偏見や思考様式についての説明を聞くだけというところから、自分のうちにあるそれらに気づくというところまで辿りつくのは難しいことですが、これは自分の思考を改善する上で最も重要なステップかもしれないと私たちは考えています。その場で自分の偏見を自分で点検するのは難しいので、気づいたり、振り返ったり、他の人と話したりする練習をするのが有用です。
難しい問いについて考える際に、良い習慣を身につけるための1つの方法は、自分の思考プロセスを日記を書きとめることです。多くの場合、思考を書き留めることで、避けたい思考様式に気づいたり、励みたい行動を引き出したりすることができるようになるのです。以下のジャーナリング(頭に思い浮かぶことをそのまま紙に書き出していくこと)と予測の練習に取り組むことで、自分の思考の傾向により生じる思考の偏りや、よくある間違いに気づき、それを正すことができるようになることを期待しています。
セッション開始までの1週間の間に1日1回、文書ファイルやメモ帳を開き、以下の問いのうち、最も興味深いものについて、あなたの考えを書き留めてください。(毎日別の問いに答えることも可能です。)
自分の考えを現実世界で試すための非常に有効な方法は、その考えを使って予測を立てることです。私たちは、物理学、経済、政治に関するモデルを、その予測がどれだけ正確かによって判断します。同じことが、私たち自身の世界に関する個人的な考えでもできます。セッションまでの1週間の間、自分が立てた予測を書き留め、フェローシップの他の参加者と共有するようにしてください。もし、あなたとフェローシップの他の参加者が面白そうだと感じたら、自分の予測に小さな賭けをし、その自信のほどを確かめることもできます。以下は、あなたができる予測の例ですが、その他にも1週間の間に頭に思いついた予測を自由に試してみてください。
役に立つ予測の種類についてのアイデアが必要な場合は、この記事をご確認ください。
偏見を克服するための方法をいくつか紹介します。
この投稿に登場する「信念」や「信じる」という語の用法については、戸田山の以下の記述が参考になる。
「ここで使われている「信じている」とか「信念」といった言い回しは、ずいぶん大げさに思われるかもしれない。これは英語のbelieveやbeliefを訳したもので、日本語では「何があっても君を信じてついていこう」とか「信念の人」のように、これらの言葉にはたいへん強いニュアンスがある。でも本書を読むときにはそうした強いニュアンスは忘れてほしい。例えば、あなたが今本を読みながら、ふと「あ~腹減った」と思ったとする。そのとき本書では、あなたは自分が空腹であると信じている、とか自分が空腹であるという内容の信念を持っている、と大げさに言うのである。」(戸田山和久『知識の哲学』産業図書、2002年)この投稿に登場する「信念」という語も同様に理解してほしい。